ピュアだった乳幼児期。
僕はきっと寝て、ミルクを飲んで、そしてまた寝ていたんだろう。他になにも欲することなく。
両親の話では僕は常に寝ていたらしい。あまりに寝すぎていたので手が掛からずに楽だった、そう言われた。
眠っていれば幸せ、29年前の僕の記憶。
最初の記憶は、おそらく兄だろう、子供が僕の顔をのぞき込んでいるというもの。それが現実なのか、後から作られた記憶なのかは判らないけど、一番古い記憶として頭に残っているのはそれだ。
兄とは今、どうにも仲が悪くて口を聞いてくれなくなってしまった。年賀状も一方通行。返事をもらったことはない。かつてはよく遊んだんだけど、
思春期を迎えた頃、何かが変わって僕らは口を聞かなくなった。
ここ10年ほどで会ったのは数回。会話も1分に満たないだろう。おおよそ僕が悪いのだが、何度謝っても許してくれない。
きっと彼に「許す動機」が無いのだろう。弟なんていらない、と。それは仕方のないことなので、僕は受け入れるしかない。
今は。
いつか兄はまた僕の顔をのぞき込んでくれるんだろうか。それは判らない。死ぬ時くらいはのぞき込んで欲しいものだが、それも判らない。あの記憶が現実なのか架空なのか判らないまま、僕は生き、そしていつか死ぬ。
願わくば、あの記憶の再現を。死ぬまでに。